マタイ5:13-16
夜でもアーサー
まさに、自己流を極めた先生でした。 メッセージの途中に僕のメッセージはノートには書けません。何ていったて僕も何を言うか分からないから!とおっしゃっていました。おっしゃった通り、話は飛びに飛び(笑)全部ついていくことは不可能。 先生は、感覚で、自分にあったところだけを握って刺激を感じてほしいと言われました。僕の感覚で受け取ったところだけをなんとか忠実に要約したいと思います。
午後の部は、ノートも取らずただただ聞いていただけなので、午後の集会は短い感想でまとめます。 ________________ 僕たちの世界は、平和のない世界。
自然に入る。肝心なものは目に見えるものではなく、心で見えるものだ。
春夏秋冬 春は「いのちー」 夏は「たのしいなー」
私たちは自然を通して神様を見ることができるはず。
よき羊飼いは、1匹のために99匹を残して探しに行く。 しかし、日本は99匹が路頭に迷っている。 一体なぜ、自然を通して人間は分かるはずなのに、神の存在に気付かないのだろうか。
新宿で耳を澄ませば、ヨドバシカメラの音楽が流れてくる。なんとなくそっちの方に引き寄せられる。 ヨドバシカメラはリバイバル。教会はサバイバル。 ヨドバシカメラの音楽に引き寄せられるなら、同じように新宿のど真ん中でメッセージすればよい。たくさんの人が引き寄せられるだろう。馬鹿だと思われても構わない。
私たちは、心が燃えていく必要がある。 セザンヌ、ピカソの絵が若者を揺さぶることがある。
見えないものを己という存在を通して見せていく。そんな生き方ができるのがクリスチャン。 己に熱い信仰がないと伝染することはない。 言っていることとやっていることが違うと私たちの信仰は伝わらない。
内側に光を備えた人間。 しかし、光の源から背を向けて生きている。これが罪である。 罪びとだから罪を犯す。
罪とは的外れ。 私たちは、善にも悪にも傾ける。そんなジレンマの中で生きている。
自然を見ていて、心がときめく。心がきよくなって帰る。 自然界をみて感動するなら、神様に感動させられているのかも知れない。 神の作品に囲まれている。 神との一致において人間の幸福がある。
愛されてる存在だと分かる。君の心のrock'n roll
心が変わると人生が変わる。(=ミッションバラバ) 当り前だよ。神様はいるんだよ。(アメリカの旅行中に神が働かれた。)
使命をもって歩むなら全てが備えられる。 落ち込んでも、Jesusの十字架のあがないによって立ち直れる。 あなたに味があって輝きがあるんだ。
人間らしさが必要。⇒神に神の形をとってつくられた。 自分らしさというけれど、自分の罪を自分で刈り取ることはむなしいことだ。(自殺、他殺・・・・・)
人間らしさが求められている。
輝く見本はイエス様である。
◎私にしたこと。 あなたが人にしたことは神にした。 イエスキリストを真っ裸にしていることはないだろうか。 神につくられた人がしたことは神を十字架にかけたこと。
そんな主イエスは、「彼らをおゆるしください。」
十字架は、人間の罪と神の愛の合作品。
人の心にはかげがある。でもそれは、背後に神の希望の光があるということ。
人は、神を信じれないかもしれないが、神はあなたの可能性を信じている。
見えるあなたを通して、見えない神が見える。 イエスキリストを信じるなら、必ず、新しい人生を進むことができる。 喜びもって歩める。
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LAST UPDATE: 2011.03.27 - 23:28 |
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